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2006年3月10日 (金)

育った環境の違い

 結婚に限らず、人と生活すると言うのは、文化・習慣の違い、時には言語(方言含む)の違いがあって当然のこと。日本人同士の結婚でさえ、その家、地方の習慣のイブンカには戸惑うものです。
※名古屋の結婚式は、全国的に有名ですよね、派手で。特に娘を持つと親御さんは大変なようです・・・。
所詮他人同士、イブンカ同士。それを理解せずに、自分の見解を押し付けてしまえば、喧嘩、衝突は避けて通れないものに。かく言う我が家も時に、小さな日本vs南ア・NZ戦(笑)を繰り返していますが・・・。

 何がどうなったのか、NZに住む、という選択をして、その後、南ア出身の旦那と結婚することに。まずは、アフリカ出身、と言うだけで、『アフリカ人?じゃ黒い?』と聞かれること未だに多し。私も実はアフリカ大陸に50余の国があるなんて、知らなかった。おまけに、相手の国に関して何を知ってるか、というと、なんにも・・・。方向音痴(笑)で、地理に疎い私は、世界史の授業で習った人種差別政策『アパルトヘイト』と、南ア最南端の『喜望峰』という名前を聞いたことあるだけ。あ、『世界・ふしぎ発見』で、花が綺麗、ってのは見た(笑)。その程度。
 彼にしても、日本に住んだことがある、とは言え、ベジタリアンでヒッキー(笑)だったし、住んでた場所も田舎だったし、面倒、と名古屋国際センターの利用もしなかったらしいし、多くの日本人・在日外国人と交わる機会もそんなになかったよう。テレビは、日本語が分からないので、主として眺めるための箱。ひたすら本と英字新聞からの情報と、若干名が若干の英語を話す職場の人達から、『独自の日本像』を作り上げたみたい。

 人種差別政策アパルトヘイト聞けば聞くほど、複雑・・・。
 一握りの白人地域と、大多数の有色人種の居住区が分かれており、白人地域に侵入した黒人即逮捕された、とは聞いたことがあるものの、その居住区間を行き来するためには、国内用のパスポートが必要、とまでは教科書には載ってなかった。旦那の古いパスポートには、顔写真と、ID番号としての生年月日、性別、そして肌の色・人種を示す人種番号。たった数桁の番号で人の人生が決められていた国。
 そんな中で育った旦那は、有難いことに、『国の政策だから、今自分達ではどうにも変えられないけれど、選ぶと選ばざるとに拘わらず、その国で生まれた人を、肌の色や民族で差別はするべきでない。』と言い切る彼の父の影響が強かったようで、南アで教師をしていた時にも仕事の後、教育をまともに受けられない黒人地域の子供たちに、ボランティア教員として通っていたらしい。たまにはいいことやるじゃないか、旦那。
しかし、こんなことも。
「国は、日本人だけはアジア人の中でも、唯一白人地域に住んでいい、って決めてた。当時のあの国に、住んでる日本人は殆どいなかったけどね。」
いくら私日本人でも、そんな逆差別、全然嬉しくないやい。アパルトヘイトのバカ!

 そんな南アの政策のために、国民はとても国際的に孤立してた、そんな中で育った旦那、というのが今日のテーマ。※でもここから先は、大した内容じゃないです。

 1980年代初め、日本でも洋楽PV(プロモーションビデオ)をあちこちで見かけるようになり、特に、SONYの提供で一躍有名になったあのMTV。名古屋では夜中に放送だったので、よく夜更かししてまで見たものだったわぁ~(同じ頃の、アナタも知ってるはず!)。
 が!旦那は、MTVを見たことがない!おまけに、『チキチキマシーン猛レース(古すぎる)』も、『奥様は魔女』も『陽気なルーシー』も、古い日本ですっかりお馴染みのテレビ番組の数々(私は再放送組よ、笑)を、旦那は知らない!『奥様は魔女』のリメイクを、ニコール・キッドマン主演で映画化、の話は彼にとっては新鮮ものだったみたい。
ただ英国連邦だったから、アメリカ文化を知らない、と言う理由ではなく、アメリカが、アパルトヘイトを理由に一切の国交を断っていたため、物も情報も全く入ってこなかったそう。マイケル・ジャクソンの『スリラー』のPVを見たのはNZ移民後、と言うから驚き。マイケル・ジャクソン、その頃もう顔変わってるじゃん(笑)。だから音楽の話をしても、全く趣味が合わない(断言)!

 それを聞いて以降、ウチの喧嘩には、こんな内容も加わることになりました。
「何よ、アンタなんて子供の頃テレビなかった癖に!」
「あ~、どうせ南アは1975年が初テレビさ、フン!俺んちは1年遅れで買ったんだよ。」
「私なんてさ、小さい頃からカラーテレビ、見られたもんねぇ。いいでしょ?」
「お前、ラジオの良さを知らんな?いいぞぉ~、ラジオドラマ。よく聞いたなぁ、家族で・・・。」
「MTV見てた方がよっぽど面白かったわよん、ラジオなんかより。や~い、MTV見たことないヤツ。」

・・・なんて会話。失礼しました。やっぱり私、所詮おちゃらけですな。

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ちなみに、1994年アパルトヘイト解放の初の黒人政権誕生後も、国にも人々にも大きな傷を残したまま。解放後、国外に移民する白人は後を絶たず、旦那曰く、同級生の6割以上が南アから移民した、とのこと。
先日一時帰国した義両親からは、「友人の家の塀が2mはるかに超えて更にたかくなり、塀の上に割れガラスや釘が埋められてる。家の四方八方に防犯カメラがあって、それでも犯罪は起き続けてる。」と、以前にも増して生々しい現状を教えてくれました。他国に比べれば、日本やNZは平和過ぎなのかな?

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コメント

こんにちは。
SATOさんはどうしてNZに来ることにしたのですか?日本で旦那と知り合って、2人でNZに来ることに決めたのですか?

僕らがNZに来た理由は簡単です。北半球が雪→南半球では春・夏→英語圏→物価が安い(これは間違っていたけど。笑い!)

単純な理由からです。来年の北半球が冬の間はシドニーを目指します。

投稿: Dr.Hiro | 2006年3月10日 (金) 17時48分

>Dr.hiroさん、
いやぁ~、どうしてNZ?と直球で来ましたねぇ・・・(苦笑)。
なぜかNZでしたね。でも結婚に来たのではなく。あとはご想像に任せます。
物価も今や思わぬドル高で、これは予想外でしょうね。以前は40円台の時もあったのに・・・。

投稿: SATO | 2006年3月10日 (金) 18時14分

お二人の喧嘩の経過を伺って、息子の幼かった頃を思い出しました。
友人A「僕ン家のお父さん偉いんだぞ。お巡りさんだもん」
友人B「あ、あ、僕のお父さんだって。社長(焼肉店経営)だぞ」
 ―自分の父親の仕事内容が把握できていなかった息子は
息子 「僕のネ、僕の叔父ちゃんなんか、仮面ライダーのバイク造ってる会社にいるんだぞぉ」
 ―一同 「すげぇ~」と感心する。

南アの国情をうかがって、ドイツの次のワールドカップ心配になってきました。
オリンピックにしろ、こういう国際大会はスポーツだけに熱中して楽しみたいですよね。  

投稿: Futa-bar | 2006年3月10日 (金) 19時25分

>Futa-barさん、

>「僕のネ、僕の叔父ちゃんなんか、仮面ライダーのバイク造ってる会社にいるんだぞぉ」
この可愛いセリフ、私も、『すげぇ~!(笑)』と素直に思ってしまいました。普段の我が家の口喧嘩はいい年こいて、『お前のか~さんでべそ!』レベルです、ハイ(笑)。

旦那曰く、「南ア、政権交代したばかりの1995年にラグビーW杯が開催されたけど、その時は大きな事件はなかったと思う。ネルソン・マンデラが初代首相で、樹立されたばかりの黒人政権は落ち着いていたし。今は前より混沌としてるから、選手と観客の安全は、最大の心配。アフリカ大陸、特に南アは、自然の美しさも、暴力・事件もExtremeだからね。」だそうです。
島国育ち、移民後も島国の私には、想像を絶する世界です。
純粋にスポーツを楽しみたい。映画化された「ミュンヘン」の二の舞は、どこの国、なんの大会でもあってはならないことですよね。

投稿: SATO | 2006年3月11日 (土) 13時33分

「ミュンヘン」の映画を見ていませんが、ある評論家(?)の映評があったので読みました。たしか、抑えた言葉で書かれていたと記憶していますが(最近のことなのに、評者のなまえどころか、どこで読んだか、何で読んだか覚えていない私です。情けない)、あの映画は、深刻な文化的、政治的断絶と絶望を、あれほど単純なハリウッド型のエンターテインメントにする現在の欧米文化の退廃を象徴しているという意味のことが書かれていました。
ストーリーの核心がほとんど事実と違うウソなのだそうです。たとえば、占拠したアラブ人は人質殺害をまったく計画していなかったにもかかわらず、人質になっていたイスラエル人の全員がアラブ人ではなく、ドイツ側、イスラエル側の急襲部隊に殺されたとか、いろいろと書いてあったように記憶しています。9.11のそれまでの長い事実経過の延長にあったのに、ハリウッドはそれさえ、鬼畜アラブ人を敵にしたメロドラマに仕立てあげようとしているともありました。まるで、戦前の日本のようですね。

投稿: トマ | 2006年3月11日 (土) 16時36分

>トマさん、
映画「ミュンヘン」より、例えを「ミュンヘンオリンピック」とするべきでしたね。
ごめんなさい、私も映画はまだ観ておらず、内容、あらすじ、予告を見たに過ぎません。事件やモサドに関し、あれこれ調べてみたのですが、歴史は語られる人によって、顔を替えることも多いので、事件の政治的背景に関するコメントは差し控えることにします。
スピルバーグは、「一ユダヤ人の彼自身」としての視点を映画にしたかったのでは?ただ、ハリウッドの演出は「パールハーバー」のように、やはり「観客のために」作られることが多そうですよね。

投稿: SATO | 2006年3月12日 (日) 14時47分

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